口腔機能低下とオーラルフレイル:ヒト試験における評価指標と実務

健康寿命の延伸が社会的な関心事となる中、「オーラルフレイル(口の虚弱)」および「口腔機能低下」への注目が高まっています。食品、サプリメント、ヘルスケア機器などの開発・研究に携わる企業担当者にとって、これらの状態をヒト試験(ヒトを対象とする試験)において客観的に評価する手法を理解することは、製品開発やエビデンス構築の基盤となります。

本記事は、フラットな立場で「口腔機能低下」と「オーラルフレイル」の基本的な定義と両者の関係性を整理し、ヒト試験で用いられるスクリーニング方法、主要な客観的評価指標(およびその測定手順)、介入研究のデザイン事例、さらに試験実施に必要な実務的・倫理的な体制について、概説します。

 

口腔機能低下とオーラルフレイルの定義と関係性

ヒト試験のプロトコルを設計する前提として、まず「オーラルフレイル」と「口腔機能低下」の概念を正確に区別することが求められます。この区別は、試験対象者(集団)の選定(予防か、改善か)や評価項目(エンドポイント)の設定に直結するためです。

オーラルフレイル(Oral Frailty)

オーラルフレイルは、口の機能が健常な状態(「健口」とも呼ばれる)と「口の機能低下」との間にある、中間の状態として概念化されています。具体的には、歯の喪失や、食べること・話すことといった機能の「軽微な衰え」が重複し、口の機能低下の危険性が増加しているものの、「改善も可能な状態」と定義されます。

口腔機能低下(Oral Hypofunction)

一方、口腔機能低下は、オーラルフレイルが進行した結果として至る「病気の段階」と位置づけられることがあります。加齢や疾患、障害などの要因によって、口の機能が(軽微な衰えを超えて)低下している状態を指すとされます。

両者の関係性:進行のプロセスとして

この二つの概念は、連続的なプロセスとして捉えられることが一般的です。オーラルフレイルの段階で適切な対応がなされない場合、機能低下が進行し、診断可能な「口腔機能低下」へと移行すると考えられています。さらに口腔機能低下が進行すると、咀嚼機能不全や摂食嚥下障害といった、より重篤な状態に至り、全身の健康を損なう可能性が示唆されています。

この関係性を理解することは、試験戦略において重要です。オーラルフレイルは「改善も可能な状態」、口腔機能低下も早期発見と訓練による「改善を目指す」ことが可能とされているため、ヒト試験は大きく二つの方向性でデザインされることになります。

  1. 予防・維持試験: オーラルフレイルの集団を対象とし、特定の介入(食品摂取や運動プログラムなど)が口腔機能低下への進行を「予防」または「遅延」させるかを検証する。
  2. 改善試験: 既に口腔機能低下と診断された集団を対象とし、介入が特定の客観的指標(例:舌圧、咀嚼能力)を「改善」させるかを検証する。

また、3学会合同ステートメント(2024年)では、オーラルフレイルが全身のフレイルやサルコペニア、低栄養を引き起こす可能性にも言及されています。これは、口腔機能への介入が、栄養摂取の安定化を介して全身の健康維持・改善に寄与する可能性を示すものであり、食品開発などにおけるヒト試験の科学的根拠(Rationale)の一つとなり得ます。

 

ヒト試験におけるスクリーニングと対象者の選定

妥当性の高いヒト試験を実施するためには、試験の目的に合致した試験対象者を明確な基準で選定(スクリーニング)する必要があります。オーラルフレイルおよび口腔機能低下の分野では、主に以下の二つの基準が用いられることがあります。

  1. オーラルフレイルのスクリーニング(OF-5)

「Oral frailty 5-item Checklist(OF-5)」は、歯科医療専門職が不在の場でも評価が可能となるよう開発された質問票です。この基準は、介入試験の初期スクリーニングとして活用しやすい可能性があります。

基準: 以下の5項目のうち、2つ以上が該当する場合を「オーラルフレイル」と定義します。

評価項目(5項目):

  1. 残存歯数減少(0~19本)
  2. 咀嚼困難感(半年前と比べ固いものが食べにくくなった)
  3. 嚥下困難感(お茶や汁物等でむせる)
  4. 口腔乾燥感(口の渇きが気になる)
  5. 滑舌低下(普段の会話で言葉をはっきりと発音できない)

OF-5は、特別な機器を必要としない質問票であるため、大規模な介入試験における一次スクリーニング(広い母集団から「リスクあり」の候補者を効率的に抽出する段階)に適していると考えられます。

  1. 口腔機能低下の評価基準(7項目)

一方、口腔機能低下は、主に7つの客観的指標に基づき評価されます。

  • 基準: 以下の7項目のうち、3つ以上が該当する場合に「口腔機能低下症」と診断されます。
  • 診断項目(7項目):
  1. 口腔衛生状態不良(口腔不潔)
  2. 口腔乾燥
  3. 咬合力低下
  4. 舌口唇運動機能低下(例:オーラルディアドコキネシス)
  5. 低舌圧(例:最大舌圧 30KPa未満)
  6. 咀嚼機能低下(例:グルコース溶出量 100mg/dL未満)
  7. 嚥下機能低下(例:質問票スコア)

スクリーニング基準の選定

この二つの基準は、試験デザインにおいて異なる役割を担います。

OF-5(オーラルフレイル)は、主に自覚症状に基づく「リスク集団」の抽出に用いられます。

実務的な試験デザインとして、「二段階スクリーニング」が想定されます。まず、OF-5や類似の質問票(例:愛知県のセルフチェック票など)を用いて一次スクリーニングを行い、広く「リスクあり」の試験対象者候補を募集します。次に、その候補者を試験実施施設に集め、7項目の診断基準に含まれる客観的測定(例:舌圧、咀嚼機能)を実施し、ベースラインの機能低下が確認された対象者を試験に組み入れる、という流れです。

この方法により、募集のコスト効率と、ベースラインデータの客観的精度を両立させることが可能になります。

表1:スクリーニング基準の比較

 

口腔機能の客観的評価に用いられる主要な測定項目(ヒト試験)

企業のR&D担当者がエビデンスを構築する際、試験参加者の主観的な感覚(「噛みやすくなった気がする」など)は根拠として弱く、客観的かつ定量的なデータ(「舌圧が平均15%向上した」など)が求められます。ここでは、口腔機能低下の評価基準や介入研究で用いられる主要な客観的評価指標と、その標準的な測定手順について概説します。

1. 咀嚼機能の評価(グルコース溶出量)

  • 目的: 咀嚼能力を客観的に定量化します。
  • 方法: 検査用のグミ(例:グルコラム)とグルコース測定器(例:グルコセンサーGS-Ⅱ)が用いられることがあります。
  • 測定手順の概要: 標準的な手順の一例として、以下が報告されています。
  1. 試験参加者が検査用グミを一定時間(例:20秒間)、唾液を飲み込まずに咀嚼します。
  2. その後、一定量(例:10mL)の水で軽く口をすすぎ、咀嚼したグミと水を一緒にろ過用メッシュに吐き出します。
  3. ろ過された液体(ろ液)中のグルコース濃度(mg/dL)を、専用のグルコースセンサーで測定します。
  • 指標の解釈: この測定法は、単なる咬合力(噛む力)だけでなく、食物を粉砕し唾液と混合する、咀嚼プロセス全体の「有効性」を反映すると考えられます。グルコース溶出量が多いほど、グミが効果的に咀嚼・分解されたことを示します。口腔機能低下の評価基準の一つとして、「100mg/dL未満」が咀嚼機能低下に該当するとされています。

2. 低舌圧の評価(舌圧測定)

  • 目的: 食塊の形成や咽頭への送り込みに重要とされる舌の筋力(舌圧)を定量化します。
  • 方法: 舌圧測定装置(例:JMS舌圧測定器)が用いられることがあります。測定項目は「最大舌圧」です。
  • 測定手順の概要:
  1. ディスポーザブルの口腔内プローブ(先端が風船状になったもの)を試験参加者の口に挿入します。
  2. 参加者には、プローブの硬質リングを前歯で軽く把持するよう指示されます。
  3. 指示に従い、舌でプローブの風船部を口蓋(上あご)に向かって「可能な限り強く」押しつぶし、その状態を一定時間(例:7秒間)維持させます。
  4. この時に記録された圧力の最大値(kPa:キロパスカル)が「最大舌圧」となります。
  • 指標の解釈: 口腔機能低下の診断基準の一つとして、「30KPa(キロパスカル)未満」が低舌圧に該当するとされています。
  • 試験実施上の制約: ヒト試験のプロトコルを作成する上で、測定機器の添付文書に記載されている「適応しない患者(対象者)」の基準を組み込むことが不可欠です。例えば、以下のような参加者は測定が困難または不可能とされ、一般的に除外基準となります。
  • 測定者の指示が認識できない(例:重度の認知機能障害)
  • 前歯でプローブを把持できない(例:義歯を装着していない無歯顎)
  • 舌を全く動かせない
  • その他、口腔内において治療中の方 など

なお、これらの測定機器に関する詳細な取扱説明書や電子添付文書は、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の医療機器情報検索ページや、製造販売業者の指定するウェブサイトで閲覧可能とされています。

3. 舌口唇運動機能の評価(オーラルディアドコキネシス)

  • 目的: 舌や口唇の運動の「巧緻性(器用さ)」と「速度」を評価します。これは滑舌(発音)や、口内で食物を処理する能力に関連します。
  • 方法: 「オーラルディアドコキネシス(ODK)」と呼ばれる測定法が用いられます。自動計測器が使用されることがあります。
  • 測定手順の概要:
  1. 試験参加者に、特定の音節(「パ」「タ」「カ」など)を、それぞれ単独で、一定時間(例:5秒間)できるだけ速く繰り返し発音させます。
  2. 自動計測器が、1秒あたりの発音回数を計測します。
  • 指標の解釈: 「パ」「タ」「カ」の音は、それぞれ異なる部位の運動を評価しているとされます。
  • 「パ」音:口唇(くちびる)の開閉機能
  • 「タ」音:舌先(ぜっせん)の機能
  • 「カ」音:舌の奥(舌背部)の機能
    オーラルフレイルの客観的指標として、「タ」音の回数が「6.0回/秒未満」に低下することが挙げられています。介入試験においては、単に「機能が改善した」ではなく、「介入Aにより、特に舌先の運動機能(/ta/)の速度向上が示唆された」といった、より具体的・限定的な考察が可能になる指標です。

4. 口腔乾燥の評価(口腔水分計)

  • 目的: OF-5の項目にもある「口の渇き」を、主観的な感覚ではなく客観的な数値として測定します。
  • 方法: 口腔水分計などの機器が用いられることがあります。
  • 測定手順の概要): データの再現性・信頼性を確保するため、ヒト試験では厳格な測定手順(SOP:標準作業手順書)が定められます。例えば、測定部位の詳細や、測定機器の角度や時間 など、手順書として定めます。指標の解釈: 口腔機能低下の評価基準の一つとして、例えば測定値が「27.0未満」の場合、口腔乾燥が疑われるとされています。このSOP(標準作業手順書)の厳格さは、企業がCRO(開発業務受託機関)などに試験を委託する際、測定者のトレーニングとデータ品質管理がいかに重要であるかを示しています。

5. 嚥下機能の評価(簡易テスト)

  • 目的: 嚥下(飲み込み)機能を簡易的に評価し、誤嚥(食物が気管に入ること)のリスクをスクリーニングします。
  • 方法:反復唾液嚥下テスト(RSST)」や、質問紙法(EAT-10、聖隷式質問紙)を用いた方法があります。

介入研究(ヒト試験)における試験デザインの事例

前述した客観的評価指標は、実際の介入研究において「評価項目(アウトカム)」として設定されます。UMIN(大学病院医療情報ネットワーク)臨床試験登録情報などから、試験デザインの事例を参照することができます。

例えば、、介入研究の主要な評価項目として、「舌圧」「舌口唇運動機能(オーラルディアドコキネシス)」「咀嚼機能」が実際に設定されています。。これは、本記事の前半で解説した客観的評価指標が、この分野の研究における標準的なエンドポイントとして採用されていることを裏付けています。

企業がR&D戦略を立案する際、これらのデザインは選択肢となります。

  • 単群試験: まずは自社製品(食品やサプリメント、運動プログラムなど)が、客観的指標に対して何らかの変化をもたらすか(シグナルがあるか)を探索的に確認するための、初期段階の試験(パイロットスタディ)として適している場合があります。
  • RCT): プラセボ効果などのバイアスを排し、製品の有効性を科学的に強く示すための「検証的試験」として実施されます。機能性表示食品(FFC)の届出や、学術的な対外発表には、このレベルのデザインが求められることが一般的です。

ヒト試験実施体制に関する実務上の留意点

企業担当者が口腔機能に関するヒト試験を計画する際、測定機器や試験デザインの選定に加え、試験を実施・管理するための体制整備が不可欠です。

  1. 倫理的適合性(倫理審査委員会/IRB)

医薬品の「治験」だけでなく、食品やサプリメントに関するものを含むすべてのヒトを対象とする研究は、倫理指針(例:ヘルシンキ宣言、人を対象とする生命科学・医学系研究に関する倫理指針)を遵守する必要があります。

  • IRBの役割: 試験計画(プロトコル)、試験参加者への説明同意文書などが、参加者の人権、安全、福祉を保護する観点で妥当であるかを、試験開始前に第三者機関である「倫理審査委員会(IRB: Institutional Review Board)」が審査・承認します。
  • 実務: 企業は、試験プロトコルを作成し、IRB(院内設置型または外部のIRB)に審査を申請するプロセスを経る必要があります。
  1. CRO(開発業務受託機関)の活用

多くの企業は、ヒト試験の実施実務を専門のCRO(Contract Research Organization)に委託します。

  • CROの役割: CROは、倫理審査の申請支援、試験参加者の募集支援、試験の実施管理、測定(本記事で述べた各種測定を含む)、統計解析、研究レビュー(SR)の作成支援、最終的な報告書の作成まで、専門的なサービスを提供します。
  • パートナー選定: ヒト試験の品質は、委託するCROの専門性に大きく依存します。特に口腔機能の評価には、専用の機器(例:舌圧測定器、ODK計測器)と、標準化された測定SOP(例:口腔水分計のSOP)を熟知したスタッフが必要です。「口腔領域研究」などを専門分野として掲げるCROも存在するため、パートナー選定は重要なプロセスとなります。
  1. データ品質と報告基準

試験結果のエビデンス価値は、データの品質(信頼性・再現性)によって決まります。

  • SOPの徹底: 前述の口腔水分計の例のように、すべての測定項目について厳格なSOPを定め、実施者をトレーニングし、遵守させる体制が求められます。
  • 報告ガイドライン: 特にRCT(ランダム化比較試験)の結果を論文などで公表する際は、試験の透明性と網羅性を担保するための国際的なガイドライン(例:CONSORT声明)に準拠した報告が推奨されます。

まとめ:口腔機能評価のヒト試験を検討する際の社内準備

本記事では、企業担当者が「口腔機能低下」および「オーラルフレイル」に関するヒト試験を検討する上で基礎となる、用語の定義、スクリーニング基準、客観的評価指標、試験デザイン、および実務体制について概説しました。

エビデンス構築に向けた次のステップとして、社内で以下のような観点を整理することが推奨されます。

  1. 試験目的の明確化:
    開発中の製品・サービスは、「オーラルフレイル」の集団を対象とした「予防・維持」を目指すものか(スクリーニング基準:OF-5)、あるいは「口腔機能低下」の集団を対象とした「機能改善」を目指すものか(スクリーニング基準:7項目診断)を明確にします。
  2. 評価指標の選定:
    製品の作用機序(メカニズム)仮説に基づき、主要な評価項目(エンドポイント)を選定します。例えば、「噛む筋力」へのアプローチであれば「咀嚼機能(グルコース溶出量)」や「咬合力」、「舌の筋力」へのアプローチであれば「低舌圧(最大舌圧)」、「滑舌や器用さ」であれば「ODK」が候補となります。
  3. 実施体制の認識:
    ヒト試験は、機器を購入して自社で測定するだけのものではなく、IRBによる倫理審査、厳格なSOPに基づく品質管理、および専門家(例:CRO)との連携が不可欠なプロセスであることを認識します。

これらの社内検討を経た上で、口腔領域の研究実績が豊富なCROや、専門の医療研究機関に相談し、試験プロトコルの実現可能性、必要な試験規模、予算などについて具体的な協議に進むことが、次なる実務的なステップとなると考えられます。

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