眼機能のヒト試験とは?分かりやすく徹底解説

現代社会において、眼機能の維持・増進は生活の質(QOL)を左右する極めて重要な課題となっています。デジタルデバイスの普及によるVDT(Visual Display Terminals)作業の長時間化、高齢化社会の進展に伴う老眼や加齢黄斑変性等のリスク増大を背景に、消費者のアイケアに対する関心はかつてないほど高まっています。これに伴い、食品、サプリメント、一般用医薬品、さらには眼科用医療機器やアイウェア市場において、科学的根拠(エビデンス)に基づいた製品開発が求められています。

企業がこれらの市場で優位性を確保するためには、マーケティング上の訴求点を裏付ける堅牢なデータが不可欠です。特に、日本の機能性表示食品制度においては、最終製品を用いたヒト試験(臨床試験)による有効性の実証、または研究レビュー(システマティックレビュー)による根拠提示が必須要件となります。しかし、眼機能の評価は「見え方」という主観的な事象と、調節機能や涙液量といった生理学的な事象が複雑に絡み合う領域であり、試験設計には高度な専門知識と戦略的な判断が要求されます。

本稿では、眼機能領域におけるヒト試験の企画から実施、評価、報告までの流れを踏まえつつ、試験方法の一例として参考となるポイントを紹介します。

 

第1章:眼機能試験を取り巻く規制環境と試験目的の整理

ヒト試験を実施するにあたり、最初に行うべきはその試験の「目的」と、準拠すべき「規制(ガイドライン)」の明確化です。目的が不明瞭なまま試験を開始することは、資源の浪費のみならず、倫理的な問題を引き起こすリスクすらあります。

機能性表示食品制度と眼機能領域の特異性

眼機能領域においては、特定のヘルスクレームが主流となっています。これらは主に「目の疲労感」「ピント調節」「コントラスト感度」「眼の潤い」など、眼の調子を整えることに関連するものです。 機能性表示食品制度において留意すべきは、対象者が「健常者(未病者)」に限定される点です。緑内障、白内障、治療を要するレベルのドライアイ患者などは対象から除外されなければならず、この「境界領域」の設定が試験の難易度を大きく左右します。

試験目的による分類と要求水準

企業が実施する試験は、その目的によって以下の3つに大別され、それぞれ求められる質と量が異なります。

  • 探索的試験(予備試験):評価指標の選定、用量設定、作用機序の仮説構築を目的とします。参加者は10〜20名程度で、オープン試験や単盲検が一般的です。統計的有意差よりも傾向の把握を重視し、本試験の成功確率を高めるためのデータ収集を行います。
  • 検証的試験(本試験):機能性表示食品の届出、学術論文投稿、確固たるエビデンスの確立を目的とします。40〜100名以上の規模で、ランダム化二重盲検プラセボ対照並行群間比較試験(RCT)が必須です。パワー分析に基づく厳密なサンプルサイズ設計が求められます。
  • 安全性試験:長期摂取または過剰摂取時の安全性確認を目的とします。10〜30名程度で、血液検査、尿検査、医師による問診等を通じて有害事象の有無を確認します。

検証的試験の規模は数千万円単位の投資となる場合があり、探索的試験でリスクを低減させるプロセスが予算を考える上でも重要となります。

第2章:眼機能評価における主要な測定指標の詳細

眼機能評価の核心は、「見え方」や「眼の状態」という漠然とした現象を、いかにして客観的かつ定量的な数値に変換するかにあります。

眼精疲労・調節機能に関連する指標

VDT作業に伴う眼のピント調整機能や、眼の疲労感は、多くの食品・機器がターゲットとしている領域です。

  • 中心フリッカー融合頻度検査(CFF):点滅する光が融合して連続光に見える境界の周波数を測定します。視覚伝導路の感度を反映する指標で、疲労による脳の覚醒水準低下に伴うCFF値の低下抑制をもって「軽減」と評価します。
  • 調節微動解析(HFC):毛様体筋の微細な振動である調節微動の高周波成分を解析します。毛様体筋の緊張状態を反映し、被検者の自覚応答によるバイアスを排除しやすい客観的な指標です。

涙液・眼表面(オキュラーサーフェス)に関連する指標

「眼の乾き」「眼の潤い」を訴求する場合、涙液の量と質の双方向からの評価が必要となります。 代表的な指標である涙液層破壊時間(BUT)は、眼表面の涙液膜が乾燥により破綻するまでの時間を測定します。近年は涙液の状態を自然なまま評価できる非侵襲的測定(NIBUT)が主流です。また、量的な評価にはシルマー試験や、より低刺激なストリップメニスコメトリーが用いられます。

視機能の質(QOV)とバイオマーカー

視力(1.0や0.7など)だけでなく、見え方の「質」を評価する指標群です。ルテインやゼアキサンチンなどの色素成分の評価で頻用されます。

  • コントラスト感度試験:明暗の差(コントラスト)が低い状況での識別力を測定し、「ぼやけの解消」などの体感に直結する評価を行います。
  • 黄斑色素光学密度(MPOD):網膜に存在する黄斑色素(ルテイン等)の量を測定します。摂取した成分が標的器官(眼)に到達し、蓄積していることを示すバイオマーカーとして極めて重要です。

第3章:科学的かつ効率的な試験設計

適切なデータを得るための設計図となるのが試験実施計画書(プロトコル)です。

試験対象者の選定基準

眼機能試験において最も重要なのが、「適切な試験参加者」を集めることです。「病気ではないが、自覚的な不調(眼の疲労感、乾き)を有している者」を選抜する必要があります。スクリーニング検査において器質的疾患を確実に除外しないと、試験中の症状悪化が重大な有害事象として扱われるリスクがあります。また、コンタクトレンズの使用状況や日中のVDT作業時間などのライフスタイルも、重要な交絡因子となります。

VDT負荷試験の設計モデル

眼の疲労感への効果を短期間で評価するために「VDT負荷モデル」が頻用されます。安静状態で測定した後、一定時間(30〜60分)のPC作業等を行わせ、負荷直後および回復過程での数値を測定します。「疲労の蓄積抑制」または「回復の促進」を評価しますが、負荷が軽すぎても重すぎても差が出にくいため、適切な負荷量の設定が肝要です。

第4章:試験実施体制とオペレーションの実務

試験が開始されてから終了するまでの実務プロセスは、通常、受託研究機関(CRO)に委託されます。

CROの選定と費用構造

CRO選定にあたっては、眼科専門の検査機器や視能訓練士とのネットワーク、検査環境の標準化能力を確認することが重要です。ヒト試験の費用は「固定費(プロトコル作成、審査料等)」と「変動費(人数に依存する検査費等)」に分解されます。 眼科専門検査が含まれる場合、医師や技師の人件費により1症例あたりの単価は高くなる傾向があります。総額の目安として、探索的試験で400万〜600万円、検証的試験では1,000万〜3,000万円程度の予算計画が必要となります。

第5章:品質保証と結果の活用

試験結果の信頼性を担保するためには、GCP(Good Clinical Practice)の考え方に準拠したデータ管理が推奨されます。

データ管理と品質保証

モニタリングによりプロトコル遵守を確認し、データクリーニング後のデータベースロックを経て初めて「キーオープン(割り付け情報の開示)」を行います。これ以前に実薬かプラセボかを知ることは厳重に禁止されています。

結果の解釈と事業への活用

解析の結果、有意差が認められなかった場合でも、年齢やベースライン値による「層別解析・サブグループ解析」によって特定の集団における有効性が示唆される場合があります。こうした探索的な結果については、先行研究の知見などと照らし合わせながら慎重に解釈し、論文投稿を経て機能性表示食品の届出資料として活用される例もみられます。また、このような探索的な結果は、今後の試験デザインや研究仮説の構築につながる場合もあります。。

眼機能に関するヒト試験は、緻密なプロジェクトマネジメントと厳格な倫理観が求められるプロセスです。適切なデザインに基づき、透明性の高いプロセスで構築されたエビデンスは、規制対応をクリアするだけでなく、消費者からの深い信頼を獲得し、製品の長期的な価値を支える資産となるでしょう。

 

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